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熊本地方裁判所 昭和36年(わ)278号 判決

被告人 甲

昭一六・九・三〇生 写真業

主文

被告人を死刑に処する。

領置にかゝるジユース罐切二個(証第一号)、雪印あずきドリンクスの空罐一個(証第二号)、瓶入りシアン化カリウム一瓶(証第四十六号)、セロテープ一個(証第六十一号)及びセロテープ空箱一個(証第六十二号)はいずれもこれを没収する。

領置にかゝるS・W拳銃一挺(証第十八号)、実弾三個(証第十九号)、薬莢二個(証第二十号)、手錠一個(証第二十一号)、拳銃帯革一本(証第二十二号)、拳銃サツク一個(証第二十三号)、予備弾入れ一個(証第二十四号)、警棒吊一個(証第二十五号)

手錠入れ一個(証第二十六号)、拳銃吊紐一本(証第二十七号)、警察官夏制帽一個(証第二十八号)、警察官夏制服上下一着(証第二十九号)、警察手帳一冊(証第三十号)、警笛一個(証第三十一号)、革バンド一本(証第三十二号)、黒革折畳式財布一個(証第三十三号)、百円紙幣一枚(証第三十四号)、原動機付自転車運転免許証一冊(証第三十五号)、タオル一本(証第三十六号)、ハンカチ一枚(証第三十七号)、黒革製半長靴一足(証第三十八号)及び懐中電燈一個(証第五十二号)はいずれもこれを各被害者に還付する。

訴訟費用はこれを被告人に負担させない。

理由

(罪となるべき事実)

一、被告人の経歴及び本件犯行の動機

被告人は昭和十六年九月三十日満州国警察官を拝命していた父瑞雄と母ユキノ間の長男として出生し、終戦により母と共に本籍地に引揚げ、続いて同二十四年十二月には父も四年に亘るシベリヤ抑留の生活を終えて、被告人等母子の許に帰還した。被告人の父はそこで土建業を始める傍ら村会議員、町会議員にも当選して生活も順調であつたが、同二十九年夏頃事業に失敗してからは、傘修繕等をして生計を立てる一方、学校給食のパンを配達する仕事で貧困のうちに被告人を頭に五人の子弟を養育するようになつた。同人は被告人を強い精神力を持つた人間に育てたいとの親心から幼時より被告人を厳しく躾け、僅かな過ちにも強く叱責し、時には叩く等の体罰を加えることもあつたゝめ、親子間の親和感も次第に薄れ、遂には被告人は父に対して反感を抱くようになつていた。しかしその間にあつて被告人は、吉松小学校、同中学校を優秀な成績で卒業し、殊に同中学校時代は生徒会長に選ばれることもあつてむしろ温和しい読書好きの少年として将来を嘱望されていたが、同三十二年四月鹿本高校に入学してからは、前叙の如く家庭も経済的に窮迫し、被告人の家庭生活に対する不満もあつて学業に身が入らず、隣家の年長の少女内田定子を慕うようになり、ために更に父の叱責を受け、遂には怠学の上、書籍等の万引事件(同三十三年十月二十八日、熊本家庭裁判所にて不処分決定)を起し、同年一月末、同高校一年を中退するに至つた。その後は家業の傘修繕等を手伝つていたが、同三十四年四月遂いに家出をし、熊本市内の塗料店文正商事株式会社に九ヶ月、同写真店「あそ」スタジオに一年間いずれも住込店員として働き、同三十六年二月肩書住居地で独立して写真店「しらさぎ」を開店するようになつた。しかし、これより先の同三十五年十二月頃から同市内の音楽喫茶「ウイーン」のレジスター園田秀子(当二十一年)に好意を抱いて同店に日参し、同女に既に婚約者があることを知つてからも、一日に何回となく電話を掛け、同女が婚約者と連立つて帰宅するのを尾行する等、異常な執心振りであり、又、この間の同三十六年二月二十四日、前記自宅において食堂給仕大鳥居節子を押倒す等の強姦未遂事件(同年三月三十日熊本家庭裁判所にて暴行罪として保護観察決定)を起す等の非行があつた。このように、充分な資金もなく、又周囲の反対を押切つて強引に開店した写真業も前記のような日頃のルーズな生活状態から自然振わず、従つて、間借賃、食事代や開業準備のための借入れ金及び園田秀子の歓心を買うため同女に贈つたステレオの月賦代等、合計十余万円の借金を抱え、その金作りにいたく苦慮していたが、同年五月二十五日予て顔見知りの薬品会社店員を介して同市内堤化学薬品株式会社よりシアン化カリウム(青酸加里)二十五瓦入り一瓶を購入して入手するに及んで、生活の行きづまりによる絶望感と孤独感のうちに被告人は、これが局面を打開するために警察官を毒殺して、制服、拳銃を奪い金作りの手段に利用することを企図するに至つた。

二、被告人の犯行

第一  そこで被告人は同月三十日午後八時頃、同市新市街銀栄会において雪印あずきドリンクス(証第二号)外二個の罐入り飲料物を買い求め同日午後十時半頃一旦帰宅して、購入した前記雪印あずきドリンクスの罐底中央部にドライバーを使用して穴を開け、同罐底部から前記青酸加里の致死量以上を盛つて混入し、その穴部をセロテープ(証第六十一号)を十文字型に貼付けて密封した上、他の一個と共に携帯して、同日午後十一時三十分頃、同市花園町所在熊本北警察署花園町巡査派出所に、同派出所勤務の熊本県巡査真島武(当三十三年)を訪れたが、同所には丁度自転車店々員藤原政幸や、身上相談に来訪した中津テル子の両名が来居わせていたので、被告人は一旦派出所を出て本妙寺附近で時間待ちをした上、翌三十一日午前零時三十分頃、再び同派出所に赴いて、右真島巡査に対し、身上相談をする如く装つて「人妻や婚約者のある女性を愛の対象にすることは不健康か」等と話し掛けて同巡査を信頼させた上、所携の二個の飲料物のうち、先ず被告人が青酸加里の混入されていない一個を飲んで同巡査に安心感を与え、次に前記青酸加里の混入してある雪印あずきドリンクスを同罐に附属していた罐切(証第一号)で穴を開けてこれを市販の飲料物の如く見せかけて差出し、同巡査に飲用せしめ、因つて同人が右シアン化カリウムの中毒により間もなく昏睡状態に陥つたのに乗じて、同人が官給品として管理保管していたS・W拳銃一挺(証第十八号)実弾五個(証第十九号、第二十号)拳銃帯革一本(証第二十二号)拳銃サツク一個(証第二十三号)予備弾入れ一個(証第二十四号)警棒吊一個(証第二十五号)手錠入れ一個(証第二十六号)革バンド一本(証第三十二号)=「以上所有者国」、手錠一個(証第二十一号)拳銃吊紐一本(証第二十七号)警察官夏制帽一個(証第二十八号)警察官夏制服上・下一着(証第二十九号)警察官手帳一冊(証第三十号)警笛一個(証第三十一号)懐中電燈一個(証第五十二号)=「以上所有者熊本県」、黒革折畳式財布一個(証第三十三号)百円紙幣一枚(証第三十四号)原動機付自転車運転免許証一冊(証第三十五号)タオル一本(証第三十六号)ハンカチ一枚(証第三十七号)黒革制半長靴一足(証第三十八号)及び名刺合計二十一枚(証第四十三号、第四十四号)=「以上真島武所有」の時価合計一万六千円相当を強取し、しかして、同巡査をして右中毒のため同日午前一時三十分頃同所において死亡せしめた。

第二  更に被告人は、前記犯行後その場において、直ちに奪い取つた巡査制服に着替えて、同市池田町国鉄上熊本駅前に至り、偶然、同所を通りかゝつた同市春日町所在熊本駅構内タクシー所属運転手今村孝雄(当二十四年)の運転するタクシー熊五あ一七二八号に警察官を装つて乗込み、同日午前二時頃人通のなく且つ街灯が消灯されて暗くなつていた同市新堀橋下附近迄逃走したが、その際は既に今村運転手において、自己が前記犯行の犯人であることを知るに至つたものであると思料し、同所において自己の犯跡を隠蔽する目的から殺意を以て前記強取したS・W拳銃を使用し右今村運転手の頭部に拳銃弾二発を発射命中させて、よつて、同人をして大脳後頭葉部穿通等により、その場に即死させたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、刑法第二百四十条後段に、判示第二の所為は同法第百九十九条に該当する。そこで判示第二の罪につき所定刑中有期懲役刑を選択した上、判示第一の罪につき選択すべき刑につき考える。被告人は昭和十六年九月三十日生の成人にあと二日を残す少年である。しかも判示認定の如く、その家庭の経済的貧困と、被告人の家庭に対する不満とが次第に被告人の性格上のマイナスの素因である自己中心性、自己顕示性気質を増長させ、それ等は社会に出てからも矯正する適切な指導者と機会に恵まれないまゝに被告人をして常軌を逸した異常なる日常の生活と思考態度へと導き、遂には生活の破綻から本件犯罪へと駆立てゝいつたことを考えるならば被告人がその性格形成について家庭的にも社会的にも極めて不幸な境遇に置かれていたことは否定し得ないが、要するに本件犯行は、こうした被告人の異常性格即ち、極度の自己顕示性と利己的な自分の欲望の満足のためには他人を犠牲にすることも意に介しない性格と、自己の行動及び責任に対する自覚の欠如等道徳的倫理的観念の稀薄に犯罪の基因を求めることができるのであつて、犯罪の責任の全部をその不幸なる環境にのみ転嫁してしまうことはできない。のみならず本件は青酸加里入手頃からの一連の企画と計算の上に立つた計画的犯行で、他方犯罪の手口において真島巡査を毒殺後、強取した拳銃を右手にかまえつつ、左手の手箒を以て同巡査の顔や手等をつゝいてその反応を確めながら、同巡査着用の制服上下等を順次剥ぎ取り、悠々としてその場で巡査制服に着替える等、一般成人犯罪としても余り例を見ない大胆、残虐な行為であることを考えれば、その量刑に当つて被告人が少年であることを特に考慮すべき余地はない。被告人は捜査の段階から終始真島巡査、今村運転手の殺害の事実を認めながらも、前者につき、当初から強盗殺人の犯意を以て本件に及んだものではなく、突嗟的に殺意を生じて同巡査を毒殺し、然る後、拳銃等を窃取したものであると、本件が恰も遇発的、動機なき犯罪であるかのように弁疏し、遺憾ながらその態度、行動から改悛の情を認め難い。もつとも被告人は当公廷における最終の陳述で、被害者及びその遺族に対する懺悔、菩提に発心したことを訴え、その後上申書を以て父母の愛を知るにつけ人間的良心に目覚めたことを伝えて来た。当裁判所としてはそれが被告人の現在における偽らざる心境であることにつき毛頭疑をさしはさむものでないし、この点に被告人の前途に一脈の光明を感ずるものであるが、被告人の犯した犯罪は余りに重大であつて、その責任は重く、被告人の非行性の根強きを考えるとき、少年である被告人に対し極刑を以て臨むこともやむを得ないと判断するに至つた。よつて判示第一の強盗殺人の罪につき死刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるので、同法第十条により重い判示第一の強盗殺人の罪につき被告人を死刑に処することとし、判示第二の殺人の罪については同法第四十六条第一項を適用して刑を科さない。なお領置にかゝる主文掲記第二項の証第一号第二号第四十六号第六十一号及び第六十二号の各物件はいずれも判示第一の強盗殺人の犯行に供したもので且つ被告人以外のものの所有に属さないので同法第十九条第一項第二号、第二項によりこれを没収し、主文第三項掲記の証第十八乃至三十八号及び第五十二号の各物件はいずれも判示第一の犯行の賍物であつて被害者に還付すべき理由が明らかであるので刑事訴訟法第三百四十七条第一項により、これ等を各被害者に還付することとし、訴訟費用については同法第百八十一条第一項但書を適用してこれを被告人に負担させない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下辰夫 美山和義 牧田静二)

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